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ニ次元オタクに三次元の推しが出来て驚いた3つのこと

「推し」といえば漫画やアニメのキャラクターが浮かぶ二次元オタクだった私に、三次元の推しが出来て約一年八ヶ月が過ぎた。
このブログでも再三名前を出してきた小林直己(以下、直己)のことだ。

今でこそだいぶ慣れては来たが、直己およびLDH(直己の所属事務所)の面々にハマった当初は、二次元の推しとの違いに衝撃を受ける日々の連続だった。

簡単に言ってしまえば、三次元は実在・二次元は非実在ということなのだが、それが意味するのはどういうことなのか。
私にとって特に衝撃的だった三点に絞って書こうと思う。

スピンオフが無限大

オタクである私は、スピンオフが大好きだ。
漫画やアニメ等の派生作品・外伝作品のことを指すスピンオフ。
作品本編では描かれなかった場面が描かれたり、本編で目立たなかったキャラにスポットが当てられたり、推しの新たな一面を知る一助となることが多い。

少しでも多く推しのことを知りたいオタクにとってスピンオフはとてもありがたい存在だが、全ての漫画やアニメでスピンオフ作品が作られるわけではない。
対する三次元というのは、とにかくスピンオフにあたるもので溢れかえっている。

私の推しで例えるなら、直己はEXILEおよび三代目 J Soul Brothers(以下、三代目)のパフォーマーとしての活動が本業である。
グループとして出すミュージックビデオや、ライブ公演、音楽番組出演あたりまでを二次元でいうところの作品本編とした時。

本人によるTwitterInstagram等のSNSの更新はスピンオフ。
公式モバイルサイトのブログもスピンオフ。
俳優活動もスピンオフ。
テレビCMへの起用もスピンオフ。
バラエティ番組出演もスピンオフ。
モデル活動もスピンオフ。
MVやライブ、歌番組のパフォーマンスでは見られない姿を見せてくれるあらゆる活動は、全てスピンオフと言っていいと思う。

SNSに関しては推しの共演者や同事務所のメンバーが推しと一緒に写った写真をアップしてくれることもある。
スピンオフに留まらずコラボレーションまで展開してくるのだ。

Twitterか何かで三次元の推しを「生きてるだけで描き下ろし」と表現するのを見たことがあるが、三次元の推しは「生きてるだけでスピンオフ」とも言える。

推しが三次元ということは、スピンオフが無限に提供されるということなのだ。

時間の流れが自分と同じ

三次元の推しは、自分と同じ時間の流れの中に生きている。
当たり前だろと言われるかもしれないが、これは二次元オタクからしたら大事件だ。

私たちが数ヶ月の時を過ごしている間に、二次元の推しは数時間のスポーツの試合を始めて終えただけということがある。
逆に、私たちが一週間を過ごしている間に、二次元の推しの世界が一年進んでいるなんてこともある。
憧れていた先生キャラ・先輩キャラが、気づけば年下になる。
同い年だと親近感を覚えていたキャラが、急に年上になる。
二次元の推しに対してはよく起こりうることだ。

二次元の推しと自分の時間の流れが完全に一致することはまずありえない。
対する三次元の推しと自分の時間の流れは、完全に一致してずれることがない。
推しが一つ歳を取れば自分も同じく歳を取る。
その年齢差は決して縮まらなければ広がることもない。
推しが生きて芸能活動を続けてくれる限り、そのメディア露出がある限り、日々刻々と歳を重ねていく推しの変化を見ることができる。

推しが三次元ということは、自分と同じ時間の流れの中に生きているということなのだ。

目まぐるしく変わるキャラデザ

漫画やアニメのキャラというのは、ある程度そのデザインが決まっている。
作品によっては服や髪型をよく変えるキャラもいるとは思うが、多くの作品において服はまだしも髪型をコロコロ変えるキャラというのはあまりいないと思う。
対する三次元は、二次元キャラより簡単に髪型を変えてくる。
他の事務所のことは詳しくないが、少なくともLDH所属のアーティストに関してはそう言える。

例として、三代目のCDの中からジャケット写真が顔のアップでわかりやすいものを並べてみる。

SPARK(2013.4.24 リリース)
SPARK  (SINGLE+DVD)

C.O.S.M.O.S.〜秋桜〜(2014.10.15 リリース)
C.O.S.M.O.S. ~秋桜~ (CD+DVD)

Unfair World(2015.9.2 リリース)
Unfair World(CD+DVD)

Welcome to TOKYO(2016.11.9 リリース)
Welcome to TOKYO(DVD付)

漫画やアニメだったら、こうまで髪型をーーキャラデザを変えてはこないだろう。
二次元キャラの髪型がアイデンティティである一方、三次元の人物にとっての髪型はファッションのひとつなのだと思う。
もちろんこれはCDのジャケット及びMVの撮影の為の髪型であり、必ずしも彼らのオフの時の髪型と一致するわけではないが、アーティストにとってこれが先の項目で挙げた「二次元でいうところの作品本編」と考えれば二次元キャラの髪型と比べて語って差し支えないだろう。
(それに実際のところはオフの時にもガンガン髪型を変えていたりする、マジで。)

このように見る写真見る写真ごとに髪型が違うお陰で、EXILEや三代目をはじめとするLDHのメンバーを把握するまでにだいふ時間を要した。
髪型の変わらない二次元に慣れていると、髪型を変えられただけで誰が誰だかわからなくなるのだ。(今ではEXILEのメンバーを全員言えるまでになった)

推しが三次元ということは、推しのキャラデザが容易に変わり得るということなのだ。

「推しが三次元」ということ

推しのスピンオフが無限に提供されるということ。
推しが自分と同じ時間の流れの中に生きているということ。
推しのキャラデザが容易に変わり得るということ。

二次元オタクだった私にはどれも新鮮で衝撃だった。
そして、これらの三次元の推しの特徴を最大限に楽しめるのは、推しと同じ時代に生まれてきてこそだとも思う。
この巡り合わせに、本当に感謝しかない。
推しが三次元って、すごい。