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気まぐれオタクによるLDH中心よろずブログ

批評が成立するだけの信頼関係が存在する環境 〜漫研の批評会を懐古する〜

大学時代、漫画研究会に所属していた。
その漫研のイベントとして、年に2回行われる批評会というものがあった。
私がサークルに入る前からサークルのイベントのひとつとして当たり前に存在していたので自然と参加し慣れていったが、卒業してだいぶ経つ今になって、もしかしたらなかなか経験できない貴重な経験をしていたのでは?という気がしてきた。

Twitterのフォロワーにサークルのメンバーも多くいるので、これまでツイートの中で批評会の名を自然と出してはいたとは思うのだが、私が漫研で批評会なるものに参加していたことを学外の友人であるフォロワーが認識してくれていたことをつい最近知って少し驚いた。
一方で、当たり前のように参加していた行事である為にわざわざTwitterでその内容について事細かに語ることはして来なかったので、参加したことのない人にはその実態がわかりにくいのではないだろうかとも思った。
そんな漫研の批評会について、こんなことをやってたなあと在学時のことを思い起こしつつ書いてみる。
漫研OBOG仲間でこの記事を読んでくれている人がいてもし「ここ間違ってね?」という箇所を見つけたら、Twitterのリプライとかでそっと教えてください……何分卒業してから年数が経っているため記憶が……)



批評会の流れ

漫研はひとつ!じゃない!!

大前提として説明しておかなくてはいけないのが、うちの大学には複数の漫研が存在しているということだ。
うちの大学は規模が大きいので、キャンパスが1つではなく、学部ごとに分かれた複数のキャンパスが各地にある。
全ての学部が批評会に参加しているわけではないので参加していない学部についてはわからないが、少なくともこの批評会に参加していた東京近郊の学部には、1学部に1つの漫研が存在した。
(6〜7学部くらい?いたっけ?たぶん)
その学部ごとに存在する同大学の漫研が集まり、お互いの作った部誌を批評し合うのが、うちの漫研の批評会だ。

部誌の作成

うちの漫研では、春と秋の年2回、部誌を作っている。
うちの学部の場合、春に作る「春本」はコピー本で(キンコーズで原稿をコピーして来て大学でみんなで製本)、秋に作る「秋本」は印刷所に印刷を頼む。

部誌に掲載する作品は、オリジナルの漫画またはイラスト。(二次創作・R-18作品はNG)
参加は任意で描きたい人が描く。
(学部によっては全員参加必須というところもあったようだが、うちの学部は任意だった)
(描くと名乗りを上げたからには締切を守らなくてはいけない)

部長、副部長、会計、といったよくあるサークルの役職の他に編集という役職があって、部誌の台割や印刷所とのやりとり等を編集が担当する。
(原稿の締切を守らないと編集さんに怒られる)
(締切直前のサークル室は修羅場)

交換会

部誌が出来上がったら、各学部がそれを持ち寄って交換する交換会が開かれる。

交換会及び批評会の会場は持ち回りで、毎回違うキャンパスで行う。
(どちらも基本的に土曜日にキャンパス内の教室を借りて活動する)

部誌の完成後、会場となるキャンパスに各学部の代表者数名が、参加学部の数だけ自分の学部の部誌を持参する。
そして他の参加学部の部誌を受け取って持ち帰る。
批評会の前段階のイベントで、これがないことには批評会は成立しない。

批評本の作成

交換会から持ち帰られた各学部の部誌は、漫研のサークル室に置かれる。
部員は授業の空き時間等にサークル室に来た際にそれらを読み進めて、批評本の作成に取り掛かる。

批評本とは読んで字の如く、他学部の部誌の作品への批評を本にしたもの。
部員は自分が批評したい学部を決めて、その学部の部誌に載っている作品全てについて批評していく。
批評用の用紙が枠だけある無地の物なので、文で批評するも良し、絵や図を用いて批評するも良し。
最終的には全員分の批評用紙をまとめて、全学部の部誌についての批評が載った1冊のコピー本の形にする。
これが批評本で、参加学部の数だけ用意して批評会に持参する。

批評本への参加も強制ではないが、部誌に参加している人は自分も作品を批評してもらう立場なので、部誌参加者は出来るだけ批評本も書こうという風潮がある。
部誌に参加していない人が批評本を書くのももちろんOK。
1学部の部誌に対して批評する部員の数は多ければ多いほど望ましいので、余力があれば1人で何学部分書いても構わない。
どの学部を批評するか自己申告で記入する用紙がサークル室に置いてある為、まだ批評している人が少ない学部の部誌を批評してくれる人がいると人数のバランスが取れてありがたい。

賞選考

批評会前に各学部で行っておく準備として、批評本の作成とは別に各賞の入賞作品の選考がある。

この批評会には色々な賞があり、批評会に参加する学部の部誌に載っている全ての作品がその受賞対象となる。
各賞に推したい作品を学部ごとで決めて、その各学部の結果をさらに集計し(会場となるキャンパスの学部が主催として担う)、決定した受賞作品が批評会の最後に発表される。

ただ、どんな賞があるのかだいぶ忘れてしまった。ヤバイ。助けて。ねえ、記憶。
単純に総合的に見た優秀賞みたいなのもあったはずだし、ストーリー賞とか、部門が色々あったはずだ。欽ちゃんの仮装大賞みたいな。
漫画ではなくイラストを対象とした賞もあったかな、あったかも。たぶん。
基本的に作品がランクインする形の賞だが、この作品のこのキャラ、という形でランクインする、キャラクター部門というのもあった気がする。
学部賞というのは確実にあった。
作品単位ではなく、学部の部誌単位で入賞する賞だ。
うん、なんかもう、色々、そんな感じ、うん。

この選定がある為、自分が批評本を書く学部以外の部誌も全て読んでおくことが望ましい。
この賞に推したい、という作品を各々が候補として挙げて、部員みんなで投票して部の総意としての入賞作品を決めるので、皆が部誌を読んでいるほどスムーズに進行出来る。

※2018.12.23 追記 記事を読んでくれたサークル仲間が、以下のような賞があったはずだと教えてくれた。みんなありがとう。記憶力すごい。
学部賞、優秀賞、技術賞、ストーリー賞、ギャグ賞、キャラクター賞、オリジナル賞(主催学部が内容を決める毎回違なるオリジナルの賞)、新人賞(部誌に参加するのが初めての人のみを対象とした賞)、進歩賞(以前参加した時の作品と比べて進歩した人に贈られる賞)


批評会

交換会を行ったのと同じキャンパスに参加学部が集まり批評会が開かれる。
集まった学部が総当たりでお互いの部誌の批評を行う。

当日の流れはこうだ。
総当たりの組み合わせ通りに相手学部と対面し、お互い作成してきた批評本を交換する。
相手学部による自学部の部誌の批評と、自学部による相手学部の部誌の批評は同時進行で行われるので、その為に2つの机が用意されている。

両学部それぞれ批評を担当する人が机につく。
批評担当として席につくのをはだいたい2〜3人。
うちの学部の場合は基本的に相手学部の批評を書いた人が批評会でも担当として机につくが、必ずしも全員が批評会に出席しているわけではないので(批評会も任意参加)、その学部の批評を書いている人以外が批評担当の席につくこともある。
相手学部の批評を書いていなくても、賞選考の為に一通り他学部の部誌を読んでいれば、全くの初見ではない批評が出来る。

批評担当が席についたところで、部誌に原稿を描いた人が1人ずつ順番に批評してもらう。
批評担当のいる机に向き合って座り、部誌の自分の漫画なりイラストなりが乗ったページを開いて、これが自分の作品だと示してそれに対する批評をもらう。
批評が済んだら、批評される人が次の人に交代する。
批評担当は、代わる代わる席につく他学部の人の作品を批評していく。
これを制限時間が来るまで続ける。

全学部の総当たりなので、1学部1学部にそこまでの時間はかけられない。
うちの学部の場合は、その日参加している人の批評される順番を決めておいて、制限時間が来て途切れたら、次の学部との批評に入った時に途切れたところから再開する。
批評される順番を待っている間は、先に交換した相手学部の批評本を読んだりして過ごす。

批評会ではあるのだが、他学部の部誌の中でとても好きな作品に出会うこともある。
自分が批評する立場の時に、相手学部の人が「これです」と開いたページが好きな作品だった時には「ああ、この作品……!好きでした……!」と好きな漫画家を前にしたファンみたいになってしまうこともあったりする。
学年があがって回数を重ねていくと他学部の人のペンネームや絵柄も覚えてきたりして、この人今回はこんな作品を描いたのか……!といった変化も楽しめたりする。

入賞作品の発表・表彰

学部総当たりの批評が終わった後に、先に述べた賞選考の集計結果の発表及び表彰が行われる。

表彰なので賞状もあれば、ちょっとした賞品もある。
その賞品は漫研のイベントらしく画材もあったりもするが、オタクならではのフィギアだったりゲームソフトだったり、謎の景品もあった気がする。

他学部の部誌をしっかり読んでおくと、他学部の作品が受賞した場合にも、あの作品が○○賞か!と結果を楽しめる。

飲み会

批評会の後には毎回飲み会が行われる。
打ち上げのようなものだ。
もちろん参加は任意なので批評会のみの参加も可能。

学部の違いこそあれ参加者は全員漫研所属なのでそれはそれは面白い。
えるしっているか、漫研の部員はお互いを「ペンネーム+先生」で呼ぶ。
必ずしも常にそう呼ぶわけではないが、他学部の人相手だとそもそも本名を知らなかったりするので部誌で見たペンネームにそのまま先生をつけて呼んでいたりする。
(同学部の部員についてもペンネームを呼びすぎて一瞬本名が出ない、ということはままある)

批評会後の飲み会では、批評会の延長みたいなトークを繰り広げる部員もいれば、部誌の批評から離れたオタクトークなどでも盛り上がる部員もいる。
うちの学部で『探偵オペラミルキィホームズ』がすごく流行っていた頃の批評会飲み会で、他の学部さんはどうですかと振ってみたら全然流行っておらずうちの学部だけのムーブかと笑ったこともあった。

これは飲み会に移った後ではなく批評会会場のキャンパスにいた時の話だが、私の大好きなカレー沢薫先生の『アンモラル・カスタマイズZ』の単行本を持ってきている人が他学部にいて、私と同学部のカレー沢ファンの子と二人してめちゃくちゃ食いついて話しかけた思い出なんかもある。
アンモラル・カスタマイズZ

アンモラル・カスタマイズZ

学部を超えた漫研交流、とても面白い。


ここまでが批評会の一連の流れだ。
自分が知らないだけで他の大学の漫研にもこういうイベントはあるものなのだろうか。
うちはたまたま大学の規模が大きいので学内の学部間の交流という形になっているが、大学を超えたインカレみたいな形でなら大学の規模に関わらず成立しそうだ。

私なりの批評のポイント

初めて批評本を書いたときのことは正直全然覚えていないのだが、学年が上がり批評の回数を重ねる中で、自分が人の漫画を批評する時の指針みたいなものがなんとなく出来ていたように思う。

まず、デッサン面やストーリー面などは、自分が批評するには手に余ると考えて下手につっこまないようにした。
ストーリーが面白かったと思った作品については感想としてその旨は伝えるが、ストーリーがより良くなるアドバイスを出来るほどの技量はないし、デッサンに関しても自分のデッサン力にそこまで自信があるわけでもない。
またデッサンというのは絵柄ととても密接で、技術とも個性とも言える面があると思い、自分にはその批評は難しいと思って避けていた。
素人が描いた漫画を素人が批評しようとするのだから、プロの漫画編集者が持ち込み相手に批評するようにはいかない。
(でも批評会の仕組みとしては、コミックマーケットなどで出版社が行う出張編集部を素人同士でやっているような形に近い気がする)

ではどんなことを批評していたのか。
漫画を描くのは素人とは言え、漫画が好きでそれなりに漫画を読んではいるので、読んだ時にこの漫画は読みづらいなというのはわかる。
それは絵の上手い下手とはまた別の話で、絵が上手くてもコマ割りや吹き出しの配置によって読みづらい漫画になってしまうことは十分起こり得る。

自分が読みづらさを感じた点について、このようにしたら読みやすいのでは?といった批評はよくしていたと思う。
あくまで批判ではなく批評なので、「コマ割りが読みづらかったです」で終わらせずに、「こうしたらより読みやすくなるかなと思いました」ということを、自分ならこうするという割り方を図解して例として添えたりした。

コマの使い方に関しては、ストーリーが盛り上がる見せ場のシーンなのにコマが小さい時などには「もったいない!」という気持ちを伝えた上で、このシーンは大ゴマにしてもよいのでは、といった批評もよくした覚えがある。
1コマに半ページ使うとか、もはや割らずに1コマに1ページ使うとか、大ゴマ大好きマンで自分が描く際にも使ってしまうタイプなので(有効に使えているとは限らない)、批評にも嗜好が滲み出てしまうなとは思う。
これについてもやはり「クライマックスのシーンにインパクトがなかったです」などで終わらせずに、「私ならここをこう大ゴマにします」という批評に持っていった。

コマ割り、吹き出しなんて基本中の基本だろうと思われるかもしれないが、プロの漫画を読む時に散々目にしていたとしても、いざ自分で描こうとすると読みやすいコマが割れない・読みやすい吹き出しが配置出来ないという人は案外いる。

また批評の際には、改善点を指摘して批評する一方で、必ず何かしらの良い点も挙げるように心掛けていた。
批判して終わるでもなく、感想で終わるでもなく、一応批評と呼べるものをと自分なりに考えてそんな方法を取っていた気がする。
そんな批評をしていたはずと朧気ながら思っているのだが、いやいやいやお前そんな批評出来てなかったよって思ってるサークル仲間はリプライでね、リプライで言いに来て、どうぞ。


批評が成立する環境

いつだったか、同人誌の本文にコマ単位での感想を書いた付箋をペタペタ貼って同人誌を描いた本人に渡した、なんて話をTwitterで見かけたことがある。
漫研のこういった批評会を経験してきた身だからこそ、感想を書く側にも同人誌を描いた側にもなかなか身になる取り組みだろうなと思う。

もちろんあまり親しい間柄でない場合、「感想」を超えた「批評」レベルの付箋をペタペタ貼った同人誌を渡したのを「批判」のように受け取られてしまうこともあるかもしれない。
そう考えると、お互いに「批評」することを前提とするサークル同士の関係が出来上がっていて、活発に批評をし合える批評会という場で得た経験は、やはり貴重なものだったように思う。

在学中から卒業後にかけて、二次創作の漫画を描いてイベントで同人誌を出すことは何度かして来たが、漫研の部誌という場がなくなるとオリジナルの漫画を描く機会はパタリとなくなってしまった。
描きたいものが浮かんだら描いてもいいと思うのだが、漫研の部誌というほどの恵まれた環境に自分のオリジナル漫画を置いてやることはなかなか出来ることではないなと思う。

漫研の部誌は、確かに読んでもらえる人数は限られている。
同じオリジナル漫画でも、Twitterに上げた場合ならともすればバズって何万人という人に見てもらえるかもしれない。
しかし、Twitter漫画につくリプライというのは感想か批判がほとんどで、批評たるコメントはなかなかつかないと思う。(せいぜい台詞の誤字の指摘くらいではないだろうか)
FF外のツイッタラーとの関係なんてゼロに等しい。
批評が成立するだけの信頼関係なんて到底ない。
そう考えた時に、自分の成長を望むなら、うちの漫研の批評会システムの中にある部誌というのは、オリジナル漫画にとってとても恵まれた環境だったと確かに言える。


ここまで読んでこの批評会の存在をフィクションだと疑うような人もいないと思うが、ノンフィクションだという証拠となりそうなブツがあるので写真を上げておく。

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部誌の巻末にある参加者のコメントページの私のコメントだ。
(これは春本なので巻末にコメントページがあるが、印刷所に頼む秋本はページ数が増えると金額が上がるからかと思うが、別冊という形でコメントページのみのコピー本を作っていた)

他学部の部誌にもコメントページがあったので、そのコメント欄に「作品のこういった点を批評してほしい」「こういった点で苦労したのでアドバイスがほしい」などというコメントがある場合には、それにそった批評が出来るようにと意識はしていたと思う。
(上の私のコメントは批評してほしいポイントが全く絞れておらず、批評する側の参考にならない悪い例)


身近にあるイベントとして当たり前のように批評会に参加し、先に述べたような批評をしてきた為に、Twitterのタイムラインにリツイートで流れてきたプロではない人が描いた漫画を目にした際、漫画の内容そっちのけでコマ割りや吹き出しの見づらさに注目してしまうことがままある。
漫研で過ごした4年間が、今の私を形成するのに与えた影響は小さくないなと感じる。

批評会は他学部との合同のイベントだが、他にも学部内だけの漫研の活動として、4ページ漫画というネーム交換企画などもあった。
自分が描いた4ページの漫画のネームを他の部員が原稿にし、その相手が描いた同じく4ページのネームを自分が原稿にするというものだ。
Twitterで見かける下書きやラフを交換してペン入れをする企画の漫画版といった感じだ。
ネーム(原作)と作画を分かれて担当するのではなくお互いがどちらもやるので、言ってみれば、お互いが相手にとっての大場つぐみであり小畑健である、みたいな感じだ。

こうして改めて思い返すと、漫研での4年間は本当に貴重な経験をたくさん出来たなと思う。
夏合宿で海に行ったり冬合宿でスキーに行ったりもしていたが、漫画研究会らしい取り組みが本当に充実したサークルだった。

あの学部のあの漫研に入れて本当によかったとしみじみ思う。
今も仲良くしてくれるOBOGの仲間たち、本当にありがとう。

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私の本棚にある部誌。左が春本で右が秋本。